一般(高校生以上)の部【ふるさと賞】板倉堰/片山 佐依子
更新日:2025年2月25日
受賞作品を、原文のまま掲載します。
編集の都合上、すべて横書きにしています。
注:敬省略
堰の音が聞こえる
取水口から扱み上げられた
水音が高くなってくると
農耕の季節がやって来た合図だ
ここ金成沢辺より石越の地まで
元禄期に引かれた板倉堰用水
三迫川から分水し三百余年間耕土を
潤してきた
当時の灌漑技術の賜物だ
かつて、両岸には石垣が積まれ
せせらぎの美しい小川だった用水路
子供の頃の遊び場だった
初夏になると、白い梅花藻が咲き
流れの中に涼しげに揺れていた
川風が吹き渡り無数の羽黒とんぼが
湧き出るように飛び交った
半夏生の頃には清水に育まれた
源氏蛍が草叢に羽化した
蛍火は家の庭に迷い飛び来て
宵闇の中に光りを放っていた
河童が出ると兄に嚇かされ
泣いたこともあった
人柱の言い伝えを父に教えられ
神への畏れと命の尊さに震えた
決して戻らない遠き日の思い出
堰はいま、護岸工事に固められ
みなぎる水は流れゆくのみ
いにしえの人のように耳を澄ます
時は移りても水の音、風の音は
変わらない
水路には鷺が羽根を休め
あら草の繁る岸には小鳥の声が響く
堰より吹く風に庭の蛍袋の花が揺れている
しづかに しづかに
編集の都合上、すべて横書きにしています。
注:敬省略
板倉堰/片山 佐依子
窓を開けると滔々と水の流れ出る堰の音が聞こえる
取水口から扱み上げられた
水音が高くなってくると
農耕の季節がやって来た合図だ
ここ金成沢辺より石越の地まで
元禄期に引かれた板倉堰用水
三迫川から分水し三百余年間耕土を
潤してきた
当時の灌漑技術の賜物だ
かつて、両岸には石垣が積まれ
せせらぎの美しい小川だった用水路
子供の頃の遊び場だった
初夏になると、白い梅花藻が咲き
流れの中に涼しげに揺れていた
川風が吹き渡り無数の羽黒とんぼが
湧き出るように飛び交った
半夏生の頃には清水に育まれた
源氏蛍が草叢に羽化した
蛍火は家の庭に迷い飛び来て
宵闇の中に光りを放っていた
河童が出ると兄に嚇かされ
泣いたこともあった
人柱の言い伝えを父に教えられ
神への畏れと命の尊さに震えた
決して戻らない遠き日の思い出
堰はいま、護岸工事に固められ
みなぎる水は流れゆくのみ
いにしえの人のように耳を澄ます
時は移りても水の音、風の音は
変わらない
水路には鷺が羽根を休め
あら草の繁る岸には小鳥の声が響く
堰より吹く風に庭の蛍袋の花が揺れている
しづかに しづかに