第25回 一般の部 最優秀賞受賞者寄稿を読む
更新日:2025年3月7日
古本を買って帰った冬の日に
大西 昭彦(第25回 一般の部 最優秀賞 受賞者)
街角の小さな本屋が姿を消していくのは淋しいですね。そんななか、独自のスタイルで店を運営する古本屋が、ぽつりぽつりと増えていたりもします。一年前の冬、そんな店を見つけてふらりと立ち寄ってみると、一冊の本の背文字が目にとまりました。W・ホイットマンの詩集です。文庫本なのですが、日本語訳に加えて英語の原文も併記されたもので、ページをくっていくと、ある詩にでくわしました。I saw in Louisiana a live-oak growing……そう書きはじめられた詩は、中学で英語を習いはじめたころに雑誌で出会ったものです。暗唱を試みたのは気紛れのようなものでしたが、記憶というのは不思議なものですね。数十年前に覚えたその詩句が、ふいに完全なかたちで頭のなかによみがえってきました。あぁ珍しいものに出会ったな、という思いで数百円の古本を買って帰ったその日に、一通の封書が届いていて白鳥省吾賞の受賞を知りました。この賞に名を冠する詩人は若いころから、W・ホイットマンに傾倒し翻訳もしています。シンクロニシティという言葉がありますが、同じ日に起きたふたつの出来事がちょっとした偶然の一致として印象に残っています。ふたりの詩人は自然を愛したことで知られ、とりわけ白鳥省吾の生誕地である栗原には栗駒山という美しい山があります。東北の中央部を貫く奥羽山脈の、ほぼ真ん中にあるこの山の姿を、一度だけ見たことがあります。冬前のことでした。東北地方の風景や風土にふれることは、神戸という港町で暮らす私にとって新鮮なものがあります。あれからずいぶん月日がたちますが、いつかまた栗原の町を訪ねられるよう心密かに願っています。受賞にあたっては詩を評価いただいた選考委員の方々、労をとっていただいた白鳥省吾記念館・栗原市図書館の方々ほか、関係者の皆様に心よりお礼申しあげます。
注:音声読み上げソフトの使用に配慮して一部表記を変更しています。