一般の部【優秀賞】新しい礼服/河野 俊一
更新日:2023年2月10日
受賞作品を、原文のまま掲載します。
編集の都合上、すべて横書きにしています。
注:敬称略
新しい礼服/河野 俊一
果実のように
わるい細胞を熟れさせながら
火照る体のおまえは
息を引き取る二週間前に
母親に連れられて
(いつ倒れてもいいように)
紳士服店へ行ったそうだ
私の礼服は
親父から譲り受けたもので
だいぶくたびれていたのだが
それが気になっていたんだと
私なんて
ちっとも気にしていなかったのに
おまえときたら
六月のディスプレイは
夏物入荷
あたりだったか
季節はどんどん生気をみなぎらせ
おまえは
どんどん衰えていく
私が次にそれを着るのは
自分の葬儀だと知っていて
選ぶ
いたいけなひとときが
みちあふれて震えながら
店の外まで流れ出していたことだろう
ながれだしたものを受けとめるのは
きっと
親と子の間に横たわる
狭くかぐわしい溝だ
溝に溜まってゆくものを
私はもう一度
その日のその店に戻って
この手で掬いたい
黒いネクタイで
漏れる声をきつく縛りながら