一般（高校生以上）の部【優秀賞】青空／明石 裕里

受賞作品を、原文のまま掲載します。
編集の都合上、すべて横書きにしています。
注：敬称略

青空／明石   裕里

いくつもの樹木たちが路面電車の車窓のよう
にすれ違う
犬の散歩道
エノキ   クスノキ   ムクノキ
クロガネモチ   ユーカリ   ヤナギ
樹木たちの名札には名前の上に被曝樹木と前
置きがゴシック体で記される
七十五年前のできごとを体験し無言で立って
いる生きたみどりの証明群
わたしもわたしの犬も体験していないこと
樹木たちは、そこにいる
ずずんと青空に向かって伸びている

ヤナギに向かって犬がホイッスルのように吠
えた
誰もいない周囲
たれさがる葉とたわむれ深い傷の入った幹の
匂いをフンフン嗅ぎ尾をふっている
引っ張っても中々離れようとはしない
犬にはヤナギの声が聞こえるのだろうか
人には聞こえない樹木の声が聞こえるのだろ
うか

あの日は、雲ひとつない青空だった
青空だったから落とされた歴史
七十五年間、草木も生えないと言われながら
逞しく健気な時間はあっという間に過ぎて人
と同じように死んでいった多くの樹木たち
どれほどの傷なのか奥に何があるのか分から
ないヤナギの幹に聴診器をあてるよう慎重に
触れる
犬がそれに応えるよう真摯に吠えた
よく生きていたね
雲ひとつない青空にわたしの声はすぐに吸い
こまれていく