一般（高校生以上）の部【優秀賞】海を見ている／三船 杏

受賞作品を、原文のまま掲載します。
編集の都合上、すべて横書きにしています。
注：敬称略

海を見ている／三船   杏

蓋に付いたアイスを舐め取る容易さで
奪い尽くそうと   あの日に海が上った坂を
今日は私が下りている
海風に頭の中身まで攫われないように
麦藁帽のつばを両手で強く握りながら

誰かの額縁の中の津波しか知らない私でさえ
行き場がない怒りを持て余しているのに
被災地から復興地へと変わりゆく街は
建物を瓦礫に変えた海を
人間を遺体に変えた海を
日常を理想に変えた海を
記憶から歴史に送り出してしまったようだ
あの青は本当に海の青だろうか
表には快晴を映しているだけで
裏には荒ぶる黒いうねりを隠している
果てしない鏡ではないのだろうか

鋭い舳先が水平線を切り開き
見覚えのある船が顔を出す
漁に出ていたおじいさんは津波に呑まれ
漁船だけが吐き出されて戻ってきたと
それでも漁師になりたいと、なるのだと
あなたが見せてくれた写真の通りの漁船！
生きていることを言い訳にして
麦藁帽をでたらめに振り回してみると
片羽でどこへでもどこまでも飛んで行けそう
おじいさんの眠る海と天井で区切りたい空
二つの巨大な未知に挟まれてなお
目に痛いほどの白で青を押し退ける漁船が
真っ直ぐな汽笛で呼応した
それは新しい海の産声だった

私もあなたたちと同じ海を見ている
善意なく私たちを生かし
悪意なく私たちを殺す
世界の縮図としての海を見ている