一般の部【優秀賞】十月の桜/雪柳 あうこ
更新日:2022年1月31日
受賞作品を、原文のまま掲載します。
編集の都合上、すべて横書きにしています。
注:敬称略
十月の桜/雪柳 あうこ
十月だというのに
桜が、咲いていた
遠い秋、わたしがかつて訪ねた
体が自由に動かない人たちのための
コロニーという名の巨大な牢獄には
光に満ちた中庭に、桜の樹があった
四人部屋、四つのベッドを分ける
糞尿の臭いが染みついたカーテンを
少しでも白く美しく見せるためか
それとも、一人ではどこへも行けない体が
ただ生きることを必死に寿ぐためにか
十月だというのに、桜は
忙しく咲いて、はらはらと散っていた
すべての日常が完結されるコロニーでは
どんな夢も抵抗も、静かに枯れてしまう
尊厳を奪われ、ただすり減る日々
だから、桜は春だけでなく
年中咲いてほしいと願われたのだろう
街中でふと、狂い咲きの桜に出会う時
コロニーの方角から来た、花攫う風の
うっすらとした生きることの臭さは
時折わたしの秋を照らし、かき乱す
体が不自由なのではない
忙しない社会が、その体を無力にして
四つ切の病室へと押し込めたのだと
カーテンは翻り、桜は病室を舞う
今日もまた、コロニーで生涯を閉じた命を
なかったものにしないために
十月だというのに
桜が、咲いている
わたしに、問いを突き付けるように