4ページ  ピアノ調律師として全国各地を渡り歩き、数多くのピアノを調律している只野さんに、話を伺いました。 只野 孝行(ただの たかゆき)さん(築館西町) ピアノとの出会い  私が初めてピアノを目にしたのは、小学校の入学式でした。先生が、黒くて大きな楽器で校歌を奏でているのを見て、あれは一体何だろうと思ったのを覚えています。  ピアノがより身近な存在になったのは、中学生の頃です。当時は子どもの数が多く、教室の数が足りなかったため、音楽室も普通教室として使われていました。  ある時、教室にあるピアノが調律されているときの音を耳にしたのですが、自分にはあまり美しく聞こえませんでした。この出来事をきっかけに、自分でもっと美しい音を作りたいと思うようになり、ピアノ調律師を目指しました。 調律の喜び  ピアノの魅力は、豊かな表現力やパワフルさ、繊細な響きにあると思います。その魅力を、作業を通じて最大限に引き出してあげるのが、私たちピアノ調律師の仕事です。  魅力を引き出すための作業は、大きく分けて3つあります。ピアノに張られている弦の張力を調整する調律、ピアノの弦を叩くハンマーのフェルト面を調整する整音、鍵盤の弾き心地などを調整する整調です。  これまで、世界的なコンクールにも出場しているピアニストが使用するコンサートピアノの調律から、一般家庭にあるピアノの調律まで幅広く手掛けてきましたが、特にやりがいを感じるのは、子どもが弾くピアノを調律したときです。  子どもは音の違いを敏感に感じ取り、調律した音を聞いた時の感情が表情ですぐに分かります。その子がこれだ、と思う音になっていると、とてもおいしい食べ物を食べたときのような、なんともうれしそうな顔をしてくれるのです。その表情を見ると、私自身、とてもうれしくなりますし、心の中でガッツポーズをしてしまいます。  自分が作り上げた音を理解してくれる人がいること、そのピアノを弾いた人が笑顔になってくれること、これはピアノ調律師にとって何よりの喜びだと私は考えています。 ピアノとの対話  ピアノを数多く調律すればするほど、その奥深さにますます引き込まれていきます。  ピアノをもっと知りたいという思いから、ピアノの構造に関する勉強を毎日5時間ほど、20年以上にわたって続けました。分解して、組み立てて、また分解して、という作業を続けていくうちに、ピアノ自身が、この部分はこう直した方がいいなどと教えてくれるようになりました。  もちろん、実際に声が聞こえるわけではありません。長い時間向き合っているうちに、どこをどうしたら良いのか、自然に分かるようになったのです。 見える調律を目指して  ピアノ調律師は、陰の仕事です。人の目に触れにくい役割を担っているからこそ、作業に対する集中力と、音に対する探求心が何よりも大切です。音は正直なので、集中力を切らして作業した部分は、必ず表に現れます。  また、ピアノ調律の道には終わりがありません。納得いくものができたと思っていても、改めて聞き直してみると、新たな改善点に気づきます。音と真摯(しんし)に向き合うことが、ピアノ調律師には必要です。  調律は見えるように、整調は聞こえるように、というのが私の目標です。見えないものを感じ取ってもらえるような音作りを目指して、これからもピアノと向き合っていきたいです。 5ページ 【特集】ピアノ調律師が紡ぐ音の世界  声楽を中心に、市内外でさまざまな音楽活動を行っている栗原さんに、ピアノ調律師の存在について、話を伺いました。 栗原 真弓(くりはら まゆみ)さん(若柳大袋) 演奏者に寄り添う人  音楽は、作曲者、演奏者、観客が一体となって作られる芸術作品です。そして、その音色を守る役割を担っているのが、ピアノ調律師です。  私たち演奏者は、曲に込められた思いや、その曲を聞いて感じたことを音に乗せて表現しています。  そのため、この音はもう少し柔らかい響きにしてほしい、鍵盤を押したときの感覚を調整してほしいなどピアノ調律師にお願いします。  また、ピアノはその日の天気や気温、湿度の他、会場の広さ、演奏者の個性、どのような曲を演奏するかによって、音の響きは大きく異なります。  ピアノ調律師は、そうした演奏者の要望と情熱にしっかりと耳を傾け、会場の環境や天候を考慮した上で、音と真摯に向き合ってくれます。安心して音作りを任せられる存在がいるからこそ、演奏者は、のびのびとした表現ができ、多くの人に感動を届けられるのだと思います。  ピアノの美しい音色の裏側には、ピアノ調律師が長年磨いてきた確かな技術と、手仕事ならではの温もりがあります。演奏者が奏でる音色から、そのことを感じ取ってもらえたらうれしいです。 調律師の仕事 一部を紹介 ①弦の張りを調整(調律)  チューニングハンマーでチューニングピンを回して、弦の張りを調整します。 ②ハンマーの先端を調整(整音)  弦を打ち続けることで摩耗したハンマー先端のフェルト面を、削るなどして調整し、音や響きのバランスを整えます。 ③鍵盤の高さ・押したときの深さを調整(整調)  定規を使って鍵盤が水平を保っているか確認し、鍵盤の下に調整用の紙を入れて高さを調整します。 音色から感じる手仕事  私たちにとって、身近な楽器の一つともいえるピアノ。最近では、誰でも自由に弾けるストリートピアノが街中に設置されていることもあり、その音色を耳にしたり、実際に触れてみたりした人もいるのではないでしょうか。  誰もが知っている楽器だからこそ、美しい音を作りたい。ピアノ調律師たちはそうした思いを胸に、日々技術を磨いています。そして、その熟練した技術は、美しい音色となって、私たちに届けられているのです。  ピアノの音色を陰で支える調律師がいることを知り、改めて音楽を聞いたとき、これまでとは違った音の奥深さに気づくことができるかもしれません。  夏の訪れとともに、爽やかな風や活気が街中に溢れるこの季節。ピアノの音色を通して、いつもとは一味違う夏を感じてみてはいかがでしょうか。夏の音色が、皆さんを待っています。