• くりはら研究所だより第89号
  • 2014年7月1日(火曜日)発行

シリーズ ジオパーク13.

栗駒山麓ジオパーク構想ロゴ・マークが決定しました

画像:栗原山麓ジオパーク構想ロゴマーク  栗駒山麓ジオパーク推進協議会(以下「協議会」)では、ジオパーク構想を市内外に発信していくためのロゴ・マークを作成しました。5月22日に開催した平成26年度協議会総会において決定し、今後さまざまな場面でロゴ・マークを活用し全面的にPRしていきます。

ロゴ・マーク決定まで

 このロゴ・マークの策定にあたっては、協議会広報・宣伝部会(部会長 特定非営利活動法人Azuma-re(アズマーレ)代表理事 千葉 和義(ちば かずよし)氏)で3度の専門部会を開催。部会員の意見をもとにロゴ・マーク作成のテーマ、コンセプト、キーワードを策定し、今年度の協議会総会で決定しました。

ロゴ・マークの概念

 栗原市の象徴でもある栗駒山をモチーフに、上部では、栗駒山と残雪の駒姿、下部では山腹崩壊や地すべりによってあらわになった地層を表現しています。
 この地層は、荒砥沢地すべりの地層であり、すべり面でもある砂岩とシルト岩の互層の上に、軽石凝灰岩(かるいしぎょうかいがん)と溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)で形成している実際の状況を表しています。
 周円には地震災害を克服し、この地と共存してきた栗原を表す意味でも躍動感をもたせ大地のリズムを表現しました。
 空は平面から眺めると、伊豆沼・内沼の水面に白鳥と雁を見立てた雲が、沼に飛来する様子をイメージしています。
 標高1,626メートルの栗駒山から海抜5メートルの伊豆沼・内沼までの広い面積の栗駒山麓ジオパーク構想のエリアを表しています。
 日本ジオパークに認定されると、「構想」の2文字を取り、初めて栗駒山麓ジオパークと名乗れるようになります。
 今後パンフレットやのぼり旗、ノベルティグッズなどこのロゴ・マークを積極的に活用していきます。

活動レポート

栗駒山麓ジオモニターツアー山ガールツアーを開催

5月17日(土曜日)・18日(日曜日)/栗駒山麓

 情報収集やSNS・口コミなど情報発信に強い影響力のある関東圏の女性を対象として開催したジオモデルツアー。今回は、前号で概要をお知らせしたツアーの詳細を紹介します。

ジオツアー1日目

画像:世界谷地では湿原の成り立ちや高山植物について説明 午前7時新宿発の一行は、午後1時に栗原市に到着。協議会ガイド部会の太宰 智志(だざい さとし) 氏がツアーガイドとして同行し、車内で栗原市やジオパーク構想などを説明し、交流を深めながら栗駒山へ向かいました。また、途中で同ガイド部会の佐藤 鉄也(さとう てつや) 氏が同乗、平成20年岩手・宮城内陸地震や栗駒山、文字三山などを解説しました。
 降雨により予定を一部変更し、宿泊先のハイルザーム栗駒内で、ノルデ画像:室内アトラクション終了後、ねじりほんにょと記念撮影ィックウォーキングの基礎を学びました。
 世界谷地第一湿原では、ブナの森や湿原、植物に関するガイドを受けながら、トレッキングしました。
 室内では、セルフレスキュー講座を開催。けがで動けない方の搬送法を学び、また、アウトドアメーカー各社から協賛いただいた山岳グッズを使ったゲーム大会「シュラフでGo!」も、大変盛り上がりました。

ジオツアー2日目

画像:ガイドに説明を受けながら2人1ペアでバーナーを体験しました 2日目は、早朝のブナ林のトレッキングとガスバーナー体験を行いました。器具の取り扱い説明を受け、昼食用アルファ米に必要なお湯を沸しました。このアルファ米は賞味期限が5年と長く保存食に適しており、2度の大震災を経験した栗原にとって貴重な食料になったことを理解いただきました。
 また、栗駒山レストハウス内で行われた「2014栗駒山夏山開き」の神事に参加し、今年一年間の登山の安全を祈願しました。
 本ジオツアーの目玉である栗駒山トレッキングでは、中央コース登山口の残雪に戸惑いながらも足を踏みしめ登りました。降雪と強風により中腹で折り返しましたが、高山植物や周辺地形の案内、伝言ゲームを交えながら終始栗駒山の豊かな自然を堪能しました。

参加者の声から

画像:平野部の景観を背景に、参加者全員で記念撮影 ツアーアンケートでは、多数の方から「栗駒山を知らなかったが十分知ることができた」、「紅葉の時期にまた訪れたい」といった好意的な意見を頂き、協議会事務局としては一安心しましたが、知名度・認知度に関しては、栗原市や栗駒山、ジオパーク構想もあまり知られておらず、広報やPR活動に工夫が必要だと感じました。
 今後も家族向けや、ジオパークに興味のある方などを対象としたモニターツアーを計画し、多くの声を取り入れてよりよい活動を行っていきます。

活動レポート

第15回くりはら長屋門研究会

地域の暮らしと歴史を学ぶ

5月27日(火曜日)/花山地区・鶯沢地区

 今回は花山地区と鶯沢地区のお宅を訪問し、長屋門の活用や歴史を学んできました。

剣豪千葉周作ゆかりの家 孤雲屋敷(こうんやしき)

画像:孤雲屋敷の長屋門 花山地区の狩野 博(かの ひろし)氏に孤雲屋敷に係る歴史的背景や花山地区の暮らしについて説明していただきました。
 孤雲屋敷は旧花山村字草木沢小田に所在した佐藤家の住宅を移築したもので、長屋門や母屋の中には、昔使用されていた農機具や、佐藤家や千葉家の歴史を物語る貴重な資料が展示されています。
 建築年代は不詳ですが、建物の梁や柱の材料、造りの手法などから200画像:孤雲屋敷についての説明の様子年以上は経過しているとのことです。
 また、長屋門について主に「こなし場」(作業場)として使われており、使用人が住んだ形跡が見られないこと、昔はダム周辺には多くの長屋門があったこと、そして花山地区は栗駒文字地区と共に馬の産地だったことなど、産業についても説明していただきました。

鈴木信夫氏宅の長屋門

画像:鈴木氏宅の長屋門画像:熱心に説明を聞く研究員 鶯沢地区の鈴木 信夫(すずき のぶお)氏にご協力いただき、長屋門の活用や現在の使用方法について説明していただきました。
鈴木 氏宅の長屋門は明治12年に建てられ、築100年以上が経過しています。この長屋門は幅が約10間(けん)と大きく、作業場と昔の馬小屋が、1本の大きな通し柱で支えられた一体的な作りが特徴で、現在は事務所や作業場、そして鶯沢八ツ鹿(やつしか)踊りの衣装や道具などが大事に保管されていました。
 また、「ノンちゃん雲に乗る」の著者として有名な石井 桃子(いしい ももこ)氏が昭和19年頃、鈴木氏のお宅に住んでいた当時の様子などについて説明していただきました。

「くりはら研究所だより」のPDFファイルを確認する

 くりはら研究所だよりPDF版のダウンロードのページ