2005年に誕生した栗原市では、「一体感の醸成」「地域の活性化」が課題でした。
 その課題に対して、「観光に、地域資源をもっと活用できるのでは?」という展望から、「くりはら田園観光都市創造事業」が始まりました。
 「くりはら田園観光都市創造事業」は、5年後・10年後の栗原市の姿を目標にした取り組みです。

くりはら田園観光都市創造事業の位置づけ

画像:くりはら田園観光都市創造事業の位置付けイメージ図

 「くりはら田園観光都市創造事業」は、『栗原市総合計画』の栗原市の将来像「4 地域の特性を生かした、産業や交流が盛んなまち」の主要施策として位置付けています。

栗原市総合計画 のページ

目的

地域がもつ光を観る・観せる

写真:長屋門と花見

 観光とは、中国儒教の経典である四書五経の一つ『易経』の「観国之光、利用賓于王」が語源です。日本語にすると、「国の光を観るは、もって王たるの賓たるに用いるによろし」と読みます。
 観るとは、漠然とではなく、心をこめてよく観ること・観せることであり、光とは、その地域の特徴的な文物、暮らし向き、風俗などです。
 市民の暮らしの中にある地域資源が光であり、それを観ること、観せることが、くりはら田園観光都市創造事業の目指す観光です。
 観光は、すべての地域資源を活用する「地域の総合力」であると考えています。

栗原市で暮らすことへの誇りの醸成

 観光に取り組むことで、私たち市民が地域の魅力を再確認し、この土地で暮らすことに誇りをもち、住み続けたいと思う意欲を醸成できると考えています。
 ふるさとの素晴しさを再認識するきっかけとして、市民が文化的・精神的に充実できる取り組みです。

かけ算の6次産業

 観光産業というと、旅館業や土産物屋などの一部の事業者だけが潤うものになりがちですが、本事業で目指すのは1次、2次、3次のそれぞれの産業がかけ算で連携して実現する第6次産業としての観光産業です。
 足し算と違い、かけ算では、どれか一つの産業が無くなってしまうと成り立たないものであり、すべての産業が観光で潤うものでなければ、観光を産業として実現する動機や意義が低いものとなってしまいます。
 そして、この取り組みは、例えば、兼業農家のもう一つの兼業になるなど、新しいビジネス機会の創出に繋がるものを目指します。

田園観光都市とは

「田園都市」の考え方に学びながら、「観光」で地域を活性化

写真:ほんにょ

 「くりはら田園観光都市」は、19世紀にイギリス・ロンドンの環境悪化に対して、エベネザー・ハワードが提唱した「田園都市」の考え方が基本にあります。
 「田園都市」は、簡単に言うと田園部と都市部が結婚する理想都市で、協力的精神から市民が主体的に地域づくりの担い手となり都市を運営するものです。
 「くりはら田園観光都市創造事業」は、「田園都市」の考え方に学びなら、「観光」で地域を活性化していくための新しい観光産業づくりの取り組みです。

くりはら研究所

 本事業を担当しているのが、「くりはら研究所」です。
 2006年(平成18年)10月に市役所産業経済部商工観光課に「田園観光都市室」を設置し、2008年(平成20年)からは、「くりこま高原駅」に事務室を置き、「田園観光課」という名称になりました。その呼称が、「くりはら研究所」です。
 栗原市のことをトコトン調べるということから、「くりはら研究所」とし、「平成20年岩手・宮城内陸地震」で逝去した故 観光・交流プランナー 麦屋弥生さんの指導を受けて、調査研究活動をしていました。
 現在は、第2ステージとして、調査研究の成果を具現化するため、事業に取り組んでいます。

故 麦屋 弥生 さんのプロフィール

「くりはら田園観光都市」創造事業調査研究報告書
 2006年(平成18年)10月から2008年(平成20年)3月までの調査研究をまとめた報告書を麦屋弥生さんの監修で作成しました。PDF版をダウンロードできます。

「くりはら田園観光都市」実現のための7箇条(故 麦屋弥生さんの提案)

  • その1 まずは地域としての魅力発掘
  • その2 人材発掘 女性と若者、高齢者が宝!
  • その3 資源の共有化はマップづくりから
  • その4 新しいプログラムづくりに挑戦
  • その5 歴史からプログラムの物語をつくる
  • その6 宿泊業は田園観光都市の応接間
  • その7 見せるポイントでは「歩かせる」しくみづくり