中下 重美(第9回白鳥省吾賞 一般の部 最優秀賞受賞者)

 この度は、「白鳥省吾賞」10周年記念事業及び表彰式の開催、まことにおめでとうございます。
 次の詩をもって寄稿に代えさせていただきます。

 「詩集を買った日」

そぞろ歩きの下駄の音が
夜更けまで聞こえてきた
ときにゆったりと
ときにさみしげに
歩く人のこころのままに
あるいは響いていたのは
じっと耳をすましている私自身の
こころの音だったろうか

温泉街に暮らした日々は一年あまり
雪の日の下駄もまたいいものだ
観光客の目線になってみている
スマートボール 射的場
並ぶあかりのもれるみやげ屋を
しだれ柳の川沿いに下ると角に
その店はあった
山陰のこの町が描かれた小説やミステリーはあるけれど
本屋はこの町にはないのだと思っていた
看板がなければ誰も気付かないだろう
引き戸を開けると本棚があった
壁の一部となってしまったような本たち
塵一つあるわけではないけれど
もう何年も動いた気配はない
夕食の買いもの袋をさげた私が手をのばしたのが
どうして詩集だったのか
家では子どもたちがおなかをすかせて
待っているだろう
ぬれないように小さな詩集を胸にかかえた
ぼたん雪の帰り道
とおい日の夕暮れの中に
ぽっかりと浮かんだ時間
あの日詩集といっしょにかかえていた
わけもなく泣きたいような
そんな気持ちを
今私はなつかしく
想い出している