心に明かりを点す言葉/石原 武

 岩手・宮城内陸地震の苦難の中にあって、第十回「白鳥省吾賞」の実施を決意した佐藤勇市長を始め、市の皆さんに敬意を表したいと思います。郷土の詩人白鳥省吾が点した「人間愛」のともし火は、苦難を越えて明日への勇気を与えてくれるでしょう。
 地元栗原市から応募した菅原文子さんは、「人間愛」という詩を書いています。山形の保育園の園児たちが飛ばした赤い風船が山を越え、菅原さんの足元に届きます。それが機縁にやがて文通が始まり、地震の恐怖の中で「おばあちゃんじしんだいじょうぶ」という園児の手紙を手にします。これこそ「人間愛」と、感動して菅原さんは云うのです。言葉はどんなに幼く素朴でも心に灯りを点すのですね。詩の作品論の評価は別として、奨励賞を受けてもらうことにしました。
 もう一篇、沖縄の名護市から高校二年生の大城ゆりさんが、「私のルーツ」という詩を届けてくれました。母方の曾祖父は北海道へ渡った開拓団、従って母は札幌生まれ。父はウチナーンチュ(沖縄の人)だというのです。遥々結ばれた両親、その沖縄と北海道の血と心を誇りに、明日に生きようとする大城ゆりさんの希望の言葉は感動的です。奨励賞を贈ることにしました。
 最優秀賞には、審査員討議の上、大澤榮さんの「漁川にて」を決めました。この作品はアイヌの住む北の原野に入植した開拓者たちの魂の挽歌として、濃密の詩の呼吸が伝わります。跳梁する文明に抗する確かな歴史認識が詩の風景を深くしています。
 優秀賞の高橋泰子さんの「ハッタギ追(ぼ)い」は、東北方言で歌われるイナゴ捕りの民謡の趣きがあって興味をもちました。日本の詩は方言によって魅力的になるでしょう。もう一篇、優秀賞として、門馬貴子さんの「馬鹿親父」を顕彰しました。後に残す家族を心配して逝った父への痛切な鎮魂の散文詩で、読者の心に伝わります。 

時代を描くことば模様/今入 惇

 本賞も第十回となった。この年の六月、岩手・宮城内陸地震が発生、本賞を推進する栗原市も被害は甚大だった。これは二〇〇八年に同時に記録される。全く関連はないにしても、ともに忘れることはできない。
 さまざまな思いを胸に本選に臨んだ。八百八十編余の応募作から粗選りされた四十三編が対象。その中から各委員の推した十編近くを集中し、話し合った。それは今更のようにことばの重さと葛藤する時間だった。結果「漁川にて」を最優秀に、「ハッタギ追(ぼ)い」と「馬鹿親父」を優秀に、「人間愛」と「私のルーツ」の二編に審査員奨励賞を贈ることで合意した。
 「漁川にて」は、しっかりした歴史認識が詩のバックボーンになっている。アイヌ民族と本土からの開拓民が共に暮らした北海道史を硬質の抒情で描いた。佐々木氏が指摘した〈体毛・血液・毛根・乳房〉のような語は、時に肉体感覚としての喩と読まれるおそれもあろうが、この一編については生活認識として許容できよう。抽象的概念に陥らなかったのがよかった。
 「ハッタギ追(ぼ)い」は、今回初めての方言詩による受賞である。方言の発する生活、家族のおもいなどは朗読によってさらに共感を呼ぶだろう。「馬鹿親父」は、深い哀しみが滲む肉親愛だけでなく、現代の大きな課題にもなっている医療や福祉へのアイロニーとも読める。さりげなさそうな最終二行。
 奨励賞に二編。「人間愛」は題が賞のキャッチコピーと同じだったのが残念。地震をうたった詩は多くはなかったが、この詩には広い愛情がある。「私のルーツ」は最優秀「漁川にて」と同じ認識もうかがわれるが、作者は若い。ことばが光る。選外だが「オイ、ハイ」(静川流清)は印象に残る一編だった。 

痛んでいる時こそ、詩が本領を発揮する時/佐々木 洋一

 白鳥省吾賞も第十回になりました。この区切りの年に岩手・宮城内陸地震が起き、「自然と人間愛」という本賞のテーマがためされることになりました。今回は特に栗原市や県内からの応募が増え、本審査に残った作品にもその傾向が見受けられました。年々すばらしい作品が増えていることと書き手の広がりを実感しています。詩はこころのケアです。痛んでいる時こそ、詩が本領を発揮する時です。
 さて、今回の最優秀賞の大澤榮「漁川にて」は、作者が訪れた漁川という地にかつてアイヌが棲み、その後開拓者が入ったという歴史的認識をもとに描かれた作品です。比喩が巧みな分リアリティーがどうかと思いましたが、技術的なことも含め抜きんでた作品です。優秀賞の高橋泰子「ハッタギ追(ぼ)い」は、稲の収穫前に蝗とりをした様子を方言やずうずう弁を交えながらリズミカルに表現している作品です。田舎の原風景の懐かしさがあります。門馬貴子「馬鹿親父」には、馬鹿親父と卑下しながら実は親父のことを愛情いっぱいに思っている作者がいます。自由な気持ちがすがすがしい。賞外となりましたが、静川流清「オイ、ハイ」は自由で活力のある作品です。夫婦が日常的に交わす「オイ、ハイ」という会話が「お位牌」に変わっていく過程は痛快そのものです。菅原文子「人間愛」は、今回の地震の被災地に住む作者と園児のこころ温まる交流が描かれていますが、詩として自立させるには人間愛といった表現や表題を再考してください。大城ゆり「私のルーツ」は、自分のルーツを率直に語っています。伸び伸びとした表現に今後の期待を抱かせます。この他、大江豊「呼び名」は、家族への思いが伝わってきます。「駅の名」の坂本遊はとても実力がある書き手です。三連目が説明的という理由で賞から外れました。齋藤洋子「ハーモニスク」は発想が豊かです。「無人の気配」の剣月亭は感性が豊かなすぐれた書き手です。上野健夫「ふゆのみち」は言葉を巧みに切り取った完成された作品です。松田純子「雲の形」の素直な感情にも打たれました。 

感じたことと言葉の隙間をどう埋めるか/佐佐木 邦子

 世界規模の不況が日本をおおい、中近東では戦争の不安がくすぶっている。この賞が始まって十年になるが、白鳥省吾が「大地の愛」や「楽園途上」で歌った状況が、今ほど現実の社会にダブって見えてしまったことはない。そんな中で、言葉とは何なのかを改めて感じさせられる。
 今年もたくさんの詩が寄せられた。今年の特徴は、一次選考に残った中学生の詩が多かったことだ。小学生と中学生は年齢差以上に心の成長度合が相当に異なっている。突然おとなになり、今まで見えなかったものが一気に見えてくるのが中学生だ。その急激に広がった世界に、自分の持っている言葉の分量が追いつかない。どうにかして詩として結実させようとする努力がほの見えていた。
 しかし応募作全体を通して「これこそは」と思える詩が少なかった。一方でとても良いものを持ちながら、その良さを十分生かし切れずに終わっているのは残念だった。
 最優秀賞・菅原力くんの「地の底から」は昨年の岩手・宮城大地震をテーマにした。生活の一部になっている田んぼ仕事、不意の大天災、次々に駆けつける救援部隊。地の底からの不気味な音や飛んでいくヘリコプターなどを通して、自然の恐ろしさと人の輪を全身で表現した。優秀賞・岡崎佑哉くん「夜の旅立ち」は白鳥の旅立ちを進学のために村を離れる自分に重ね合わせた。大谷加玲さん「指定席」は、ママの肩をもむ、という日常的な行為の中に、自分の居場所は自分で作っていかねばならないという、決意と痛みのようなものが表れている。特別賞は後藤香澄さん「空が笑った」、高橋歩夢くん「とくいになったヘチマ」、高橋渉くん「だっこく」。空の黒板に「へ」の字を描く渡り鳥や、おいしいぞと得意がるヘチマや、ありじごくのように機械に吸い込まれるもみなど、身の回りのものをていねいに見ている。対象と真摯に向き合い、素直に驚いているのがいい。
 そのほか賞外では梅津奏子さん「春、のほほん猫」、長谷部太朗くん「アゲハってすごい!」、水谷天音さん「ふたごの子牛」、金野紘康くん「恐るべし」、坂井敏法くん「けっこんきねん日ありがとう」などが印象に残った。 

「大きな出来事と、小さな出来事と」/三浦 明博

 世界のようすが大きく変わりつつあり、大変な出来事も続いている。しかし何かが起きていても、目の前にあるごく普通の日常をしっかり見つめる目線や、逞しさを感じる作品が多かった。
 最優秀賞・菅原力君「地の底から」は、昨年の岩手・宮城内陸地震を書いたものだ。地中から音が聞こえるほどの大地震が、震源地にほど近い場所で暮らす子どもにとって、どれほど衝撃的な出来事だったか。最後の二行に小さな希望の灯を見いだそうとするのは、私だけではないだろう。優秀賞・岡崎佑哉君「夜の旅立ち」は、都会の中学校へ進学するため父親と別々に暮らさざるをえない、息子の心境が痛いほど伝わってくる。優秀賞・大谷加玲さん「指定席」は、お母さんをめぐる妹とのたあいないやりとりが描かれ、思春期ならではのみずみずしさが巧みに表現されていた。
 特別賞・後藤香澄さん「空が笑った」は、晩秋の夕暮れの風景だが、雁のねぐら入りの情景を子どもらしい感受性で切りとっている。高橋歩夢君「とくいになったヘチマ」は、小さなヘチマの味が伝わってきて、思わず食べてみたくなったほど。高橋渉君「だっこく」は、祖父の脱穀作業を手伝う孫という立場であり、最後の一行を読んで、子どもは大人の背中を見て育つんだなとつくづく感じさせられた。
 この他、梅津奏子さん「春、のほほん猫」の読み手をはぐらかすような呑気さ、大場紗知さん「お母さんはま女」の想像力と思いやり、三浦将太君「先生の年齢」のユーモア、翁聖生君「ラッキー対カマキリ」の驚くべき観察眼、菅原裕生君「大仏山」の子どもらしい自負心に、それぞれ感心させられた。