受賞作品を、原文のまま掲載します。また、編集の都合上、すべて横書きにしています。
※敬称略

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残り少ない春休み 夜の湖
僕が都会の中学校に進学するから
この村にはお父さんだけが取り残される

渡ってきた秋には透明な橙色の夕暮れ
カッターで切り抜いたような山稜をバックに
青より青い湖面に眩しいくらい純白の姿で
音もなくしぶきもたてずに下りてきたっけ
ライダーたちはわざわざこの景色のために
夜が痛いほど寒くなる秋にここを訪れる
それが冬にはどうだい 秋より澄んだ風の中
人が叩き割った小さな水面をありがたそうに
ひしめく家鴨になってパンをねだるだけ

氷も融け出した黒い波間には
旅立ちまでの暇に任せて
いらだつ鳴き声と羽音が響くだけ
お父さんが耳をそばだててにやり
わかった あっちの岸辺だ

ヘッドライトを向けるとあれれ
闇にくっきり穢れなく白い群れ
ずいぶんとおとなしく湖面にたゆたい
力をためている 息ができない
一斉に足を湖面に滑らせ
ひそやかな羽音を立てて新しいどこかへ
みんな行っちゃうね 地上のものは
お父さんが笑って 僕は笑わない

僕は白鳥と違ってもうこの岸辺には帰れない
僕の進学先はここにはないし
就職先なんかもちろんない
そりゃ転校も繰り返して別れには慣れたけど
今度は上っ面のお友達とじゃない
一つ屋根の下どころか気楽に会える距離には
二度と暮らせなくなるんだ
お父さん ぼくたちいつも
向こうの岸辺で待っている
いつも一緒だった
これからだって きっと きっと