人を思うことで詩は生まれる/石原 武

 民衆詩人白鳥省吾の「人間愛」の詩精神を顕彰し継承するために制定された「白鳥省吾賞」は、第10回の節目を越えて、今回第11回、未来に向けて新たな一歩を進めたことは喜ばしいことでした。
 10年の歩みの中で、多くの生活者の個性豊かな詩が、日本といわず海外からも、ここ栗原に届けられ、それらの作者のその後の活躍を見るにつけ、「白鳥省吾賞」制定の趣旨は充分に果たされていると思われます。
 今回も力作揃いで、審査の討議が白熱しました。傾向として、困難な状況の中でひたむきに生きる人の姿への感動を歌う作品が多くありました。その人への思いと感動が、表層にとどまらず、作者の人間的な経験として表現されているかに評価の重点を置きました。
 最優秀賞の川野圭子さんの「セルジャント・ナムーラ」は、第二次大戦で旧ソ連軍によってカザフスタンに抑留されて5年後に帰国した叔父をモチーフにしています。彼は60年間、背負った過酷な運命を語ろうしない。作者は彼の沈黙の内側に入っていきます。カザフスタンにおけるウラン採掘をめぐる現代史の暗部。この不穏な核開発の状況と帰還兵の生涯を丁寧に人間賛歌として歌い上げ、力量を感じさせる作品です。
 優秀賞の吉田薫さんの「ヘルパー」も感動を呼ぶ作品です。老人介護という社会問題をモチーフにしながら、もっと老人たちの人間的な内部へ手を差し伸べ、助け助けられる愛の実践を歌い上げています。
 優秀賞の橋本詩音さんの「さらば」は、衝撃的な作品です。父と母と私は夜の高速道路を鼻歌まじりに突っ走っていきます。速度はとめどもなく加速し、解体へ向います。スリリングな文体で、人間の危機を描いています。恵まれた才能を感じさせます。
 藤原瑞基君の「冬の喧嘩」は、夢の中にひらめくイメージを唄の旋律にする詩の天与の才能がありそうです。奨励賞を贈る所以です。 

詩の現実と感動/今入 惇

 自然と人間愛を主題とする本賞も、第10回という節目を越えさらに新たな展開をもたらすか。期待をこめた応募作は834編ともっとも少なかったものの、作品には変わりはなかったとおもう。第一次選考で39編を選び、本選に臨んだ。
 本選では審査員3人が印象に残った作品をそれぞれ提示し、結果として11編に絞り、意見を出しあった。時代の状況を真正面に据え今日を凝視した作、あるいは個人的体験ながら普遍的に訴えた作と、大きく分けられそうだ。それがグローバルな視点と人々の感動を呼び覚ます言語表現になっているか。話し合った末に、最優秀賞に「セルジャント・ナムーラ」を推すことに異論はなかった。セルジャント・ナムーラ(軍曹 奈村)とは詩人の叔父、その叔父の生涯を散文詩風に表現したのが本編。第二次世界大戦後の60数年を国際的な状況と個人の生活とのかかわりの中から凝縮した世界を成立させた。これを通常の散文で著そうとすればどれほど紙数を費やすだろうか。まぎれもない詩の現実である。
 優秀賞の「ヘルパー」は体験記である。実は第6回でも優秀賞に選ばれていて、その1編と本編の語り口は同じである。現実を見事に描写しながら人間存在の力強さ。ペーソスとも読める言葉は揺るぎない。
 もう1編「さらば」は、記録映画のフラッシュバックのような展開が快い。それも現象イコール心的体験として迫る。無駄のない言葉の世界の創造は、将来をも暗示する。
 将来の可能性を秘めていると読めたのが「冬の喧嘩」。幻想のような詩的現実は17歳の作である。将来に期待を抱かせると、審査員奨励賞を贈ることとした。
 そのほか注目されたのは「ネギ女」葉七木綿、「さくらんぼ」光見寺京子、「門」北村 真、「沼」市島睦子、「青空・一銭洋食の街」平 信子、「算盤先生」大江 豊、「“おっぱい”の力」沢田秋彦だった。 

さらに、すばらしい作品との出合い/佐々木 洋一

 白鳥省吾賞も第11回になりました。今回はさらに、すばらしい作品に出合えたことで、とても豊かな気持ちになっています。一般の部は1次選考で39編を選びましたが、それぞれ心に引っかかるものがあり、そこからさらに絞ることに大変苦慮しました。最終的には、「自然・人間愛」のテーマによりふさわしい方の作品を選びました。
 3編という賞の枠から、市島睦子「沼」、光見寺京子「さくらんぼ」、葉七木綿「ネギ女」といった実力のある作品が漏れてしまいました。市島睦子「沼」は、幼いころの自分の内面を鋭く抉り取った作品です。最後まで賞の対象になりました。力量は受賞作品となんら遜色ないものです。光見寺京子「さくらんぼ」は、妊婦である作者が、通院する途中でさくらんぼの木に接する中で感じた不安や期待の気持ちがとてもよく出ています。読み手があたたかな気持ちになる作品です。葉七木綿「ネギ女」は、独自な発想と大胆な切り口に強く惹かれました。他の委員も同じ意見であり、最後の3行のしたたかさには舌を巻きました。この他、北村 真「門」については、形而上的な作品であり、論理的にも納得できる独自な世界が展開されていました。ただし、本賞の対象者が一般ということから理解しがたいことや広がりという点で問題があるのではないかという意見になりました。平 信子「青空・一銭洋食の街」は、戦後の広島の闇市の様子を描いた作品で、日常的な会話や生活の様子が生き生きと表現されています。最も活力ある作品でしたが、類型的な冒頭の2行が気になりわたしは賞に押せませんでした。
 最終的には川野圭子「セルジャント・ナムーラ」の確かな力量を最優秀賞に、吉田 薫「ヘルパー」の溌剌とした生活感と明るさに満ちた作品を優秀賞に選びました。そして、19歳の橋本詩音「さらば」のスピードとスリルに満ちた感覚や17歳の藤原瑞基「冬の喧嘩」の死への自虐的な思いが持つ若々しさに詩への未来を感じました。完成度から一方を優秀賞に選びましたが、二人にはこれからも是非書き続けてほしいと思います。
 その他にも、沢田秋彦「おっぱいの力」、竹田あづま「ゲンゲジジイ」、平野加代子「愛の光を」など日常から生まれたおおらかでたくましい作品にも感動しました。 

自分の言葉を育てたい/佐佐木 邦子

 ここ数年、中学生のすぐれた詩が目につくようになった。中でも築館中の応募作品は目立った。中学生という、大人でもない、子どもでもない、中途半端な年齢が抱える屈折した心が、舌たらずながらもユニークな言葉で表現されている。中学生の詩がややもすると平板になりやすい傾向の中で、これはすごいことではないか。この町に白鳥賞のあることが、具体的な成果として表れつつあるのかもしれないとも思う。
 言葉は他とのコミュニケーションである以前に、自分のためのものだ。人間を作る最大のものは、おそらく「言葉」だろう。言葉をどのくらい持っているか、持っている言葉をどう積み上げるかが、心の大きさに関わってくる。子どもの詩を大人の詩と同一に扱うことができないのも、上手下手以前に成長の過程が出てくるからだろう。
 最優秀賞、鈴木裕哉くんの「お母さんツバメ」は、ツバメの餌になるセミに同情しながらも、巣で待っている子ツバメに思いを寄せる。ツバメの一生懸命さを「お母さんだから」と考えて、さらに自分の母に重ねた。優秀賞・鈴木智博くんの「メロウド漁をする父」は、海で漁をする父親が具体的に、ていねいに描かれている。自分も船で手伝ったことがあるのかもしれない。海の匂いや波の勢いなど、描かれていないことまで想像させる。最後の一行が印象的だ。菅原蓮くん「びっきのたいぐん」は、方言と標準語の違いから始まる、ちょっとユーモラスな作品。夢中になっているうち鳥肌立つほど捕ってしまったびっきとか、そのびっきがバケツの中で卵を産んだとか、自然に恵まれた環境を羨ましく思いながらも、読んでいて笑ってしまう。町のいとこの驚きもリアルだ。
 特別賞・菅原泰輝くん「たいしたもんだ」は、逃げながらトカゲを食べるハト。生き物のたくましさに素直に驚いているのがいい。白鳥咲由莉さん「蜘蛛と私とあいつ」は、自分の中にいる何人もの自分の中から一人が成長してゆく過程を、別な自分が見つめている。宮下自由くん「あったかい手」、菅原徹也くん「眠れない」の良さも捨てがたい。賞には至らなかったが奨励賞として推したい。 

心が動いたときの言葉/三浦 明博

 驚いたときや嬉しかったとき、悲しかったときのことを言葉にした詩は、読む側に伝わるものだと感じさせられた。大切なのは出来事の大小ではなく、心がゆれる幅の大きさなのかもしれない。
 最優秀賞・鈴木裕哉君「お母さんツバメ」は、セミをつかまえたツバメが巣に戻るようすを書いた詩だが、ひなのために懸命になっている母ツバメを、自分の母親と重ね合わせたところが上手だった。優秀賞・鈴木智博君「メロウド漁をする父」は、漁船の船長である父の仕事についてていねいに書かれていて、お父さんに対する尊敬とあこがれの気持ちが伝わってきた。同・菅原蓮君「びっきのたいぐん」は、田舎の子と都市の子の間にある言葉にしにくい何かを、びっきという方言でうまく表現していた。
 特別賞・菅原泰輝君「たいしたもんだ」は、鳩が食べたトカゲのしっぽをはき出すところまで、よく見て書かれていると感心した。同・白鳥咲由莉さん「蜘蛛と私とあいつ」は、思春期ならではの心象風景を、なるべく客観的に書こうとする姿勢に好感が持てた。
 奨励賞・菅原徹也君「眠れない」は、猫の気ままさに振りまわされるようすをユーモラスに書いていて個人的には好みで、同・宮下自由君「あったかい手」には、まさに白鳥省吾賞のテーマでもある人間愛が持つ温かさと美しさを感じた。
 その他、大谷有乃さん「願い」、後藤香澄さん「信じてもらうこと」、千田陽介君「九十一さいのげんきもの」、菊地朱蘭さん「人間愛のとうとさ」も個人的には好きだった。