受賞作品を、原文のまま掲載します。題名・本文に読みがなを〔 〕書きで添え、編集の都合上、すべて横書きにしています。
※敬称略

原文はこちら

カザフスタンにはチューリップの原種グレイ
ギーが自生し雪山の裾野に春を告げている。
満州からの復員列車が突然逆走し 叔父は
この地に抑留された。この鮮やかな花を目に
5たびも春を数えたのだ。

叔父は報国教育の教壇から出征したのだった。
戦争のことは話さない。カザフスタン抑留とは
復員後60年近く身内も知らなかった。
わしはセルジャント〔軍曹〕・ナムーラ〔奈村〕と呼ばれとっ
たんよ。1日にウラン鉱の試掘3本がノルマ
じゃった。軍の機密じゃけえあんまり言うては
いけんのじゃが とだけ言い外を伺った。
(当時ソ連は米国に遅れまいと原爆開発に躍起
だった。その地セミパラチンスクで核実験が
始まり被爆した住民の反対運動で中止される
1991年まで4、50回も繰り返された)

 復員後の結婚は戦死した兄の妻と重縁。家
 のため教員復帰も諦め妻は原因不明の死産
 流産を繰り返し遂に子はない。家業を閉じ
 た店に俳句や水彩画を飾って教室のようだ。

縛られ引き裂かれ翻弄され
沈められた魂は安らがない
痛む記憶と脚を小刻みに擦り歩きの
終わらない戦争を歩き続ける脚
自分のために歩けなかった脚
教壇に立ちたかった脚

 日本はカザフスタンとウラン採掘条約を結
 んだとは昨今のニュース。60年前抑留兵が
 建てた公会堂の前は祝賀気分だった。

襤褸のような影がみえる
息子や父や叔父たちの足音が聞こえる。
カザフスタンを風が渡り チューリップ・グ
レイギーが置き忘れられたように咲いている。
若い日本のレポート嬢は明るく振りむいた。