民衆詩は息づいている/石原 武

 栗原市は渺茫とした田園地帯である。東北新幹線「くりこま高原」駅で降りると、地平に栗駒の山稜が続いている。白鳥省吾の故郷、築館は田園の真っ只中にある。ここを訪れるとなにかほっとする。言葉も人情も温かい。
 「白鳥省吾賞」の顕彰はすでに12回、全国津々浦々から、さらに海外からも寄せられる応募作品は今回も980篇に及ぶ。それぞれの作品が人と自然への思いが深く、白鳥省吾の代表詩集『大地の愛』の民衆詩は今も息づいているというべきであろう。
 最優秀賞の上野健夫さんの「火を入れる」という詩は、白鳥省吾の農民詩の系譜につながる作品であろう。炭焼き一揆をモチーフにして、農民と体制の相克を叙事詩的に構成した力作である。「火を入れる」という表題に現代の状況への批評的な志がうかがえる。
 優秀賞の宇宿一成さんの「鮫」という詩は、四億年の生態系を生きる獰猛な鮫、その鰭を求めて乱獲するさらに獰猛な人間を、優しい女性の心根とアンビヴァンレンツに捉えて、その批評性は深く、詩人の力量を感じさせる。
 優秀賞の五藤悦子さんの「うさぎ」という詩は、「うさぎ」の死を通して、生と死という根源的な命題を思索する。その繊細な感性が紡ぐ言葉の抑揚はこの上なく魅力的であった。抒情詩の書き手として天与のものがあるように思われる。
 審査員奨励賞の磯野伸晃君の「蝉」は、「私は誰だろうか」という問いで始まる。蝉の一生について、想像力を働かせて蝉の心を書いている。それがいい。人間の比喩として面白い。恵まれた詩の素質が開花するのを期待して奨励賞に推した。
 惜しくも賞に届かなかった作品にも優れたものがあった。作者と作品名だけ記録しておきたい。戸田和樹さんの「来客」、大江豊さんの「蜆の、目」など記憶に残る作品である。 

魅力的でレベルが高い作品/佐々木 洋一

 白鳥省吾賞も第12回目となりました。この地域や全国あるいは外国からもこの賞への応募があるわけですが、賞を通して、宮城県の栗原市という地域を知った方も多いのではないかと思います。また、一度来てみたいと思った方もおられるのではないかと思います。これまで地道に積み上げてきた結果、この賞がよりレベルの高いものになってきていること、栗原市という地域のすばらしさを着実に浸透させていることが言えると思います。
 今回は、一般の部984編から一次選考で49編にしぼりました。この49編の作品はどれもすばらしいと思いましたが、特徴的だったのは、県内の方が10名、その内栗原市に住んでいる方が3名も残ったことでした。吉田博司「夫婦 三場面」は、夫婦の日々の生活の妙がユーモアたっぷりに描かれています。愛というテーマにふさわしい作品でした。菅原文子「山の火が消えた時」は、地元の細倉鉱山の閉山に伴う作者の傷む気持ちがとてもよく伝わってきます。もう少し言葉が整理されていればよかったのではないかと思いました。千葉美幸「遠くの空から、栗原を」は、都会からふるさと栗原に思いをよせ、その思いにそった形で栗原にすむことになった心情が詩われています。時に感傷的ですが、深い思いに打たれました。最後まで印象に残った3編でした。
 賞の候補としては、悩んだすえ5編を選んで審査にのぞみました。入選の3編については、すんなり決定したのですが、どれを最優秀賞に選ぶかという段階で議論となりました。最優秀賞の上野健夫(おおむらたけじ)「火を入れる」は、炭一揆という歴史的事実を通し、貧しいながらも時代を生き抜いてきた人々のパワーが見事に表現されています。四連目の保障、苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)といった新、旧の言葉の使い方が気になりましたが、方言や表現の巧みさがそれらを払拭していました。筋立てやレトリックが絶妙な作品です。宇宿一成「鮫」は、「けれど人はやさしくて醜い肉食獣だ」という、人間の表裏を鋭く抉りとっている現代的な作品です。日常の具体の一齣と非日常の一齣がスリリングな関係で成り立っており、読み手をぐいっと引き付けます。五藤悦子(詩村あかね)「うさぎ」は、うさぎの死を通して、生のありようを感性豊かに描いています。優秀賞を一度受賞していますが、とてもすぐれた作品であり、今回も受賞ということになりました。高校生の磯野伸晃「セミの話」は、この年代が感じる生命への問いかけがよく表現されています。今後の挑戦を期待し審査員奨励賞としました。高橋さおり「家族」は、観察の目が生きている作品でした。さらに書き続けることを期待します。その他、戸田和樹「来客」、竹田東「犬の人生」は、老いという切実なテーマにこころが痛みます。緊迫感のあるすばらしい作品でした。刀根陽子「美容院ではゴ用心ヲ」の大胆な発想とおおらかな展開、小松真一「明日海へ行こう」のたどたどしさと最終の一言「わたしって女かしら」のつぶやきにはとても好感が持てました。また、碇沙也可「あたたかい街」、井川實「ストロー」は、対象をとらえる眼が確かな作品で、実力的にも高い作品でした。
 最初にも言ったことですが、49編のどの作品も魅力的でレベルが高い作品であったと思います。また、小、中学の部については、一読しただけですが、中学生の作品がとてもよくなっていることに驚きました。

暮らしの中の出会いと驚きを大事に/佐佐木 邦子

 白鳥賞も12回目になり、中学生の詩に徐々に優れたものが増えてきた。また今年は栗原市立金成小学校の健闘が目立った。詩は日常の中での出会いや驚きが根っこにあるだけに、詩を忘れているときに何をしているかが大事になる。いろいろなものに出会って、いろいろな驚きと発見を重ねていって欲しいと思う。
 最優秀賞は佐藤真悠さんの「看板」。中学生が最優秀賞になったのは初めてのことだ。看板は残っているが家業をやめて久しい家を詩にした。においもない、材料もない、作る人もいないと、「におい」を初めに持ってきたことで、家中に染みついていた醤油の日常性が、懐かしさとある種の寂しさを伴って迫ってくる。おじいちゃんの人柄も出た。
 優秀賞小野寺紅葉さんの「もちをしょった日」は、営々と続いてきた地域の生活と人のつながりを感じさせる。一行一行が特別な日の期待と光にあふれており、妹の愛らしさ、お姉ちゃんの興奮、親族の温かさなどが自然に表現された。大原康介くん「屋根にのぼって」は、一段のぼるごとに視界が広がる得意さが、栗駒山と向き合うスケールの大きさに素直につながった。
 特別賞斎藤美桜さん「願い」はしんと心が引き締まる。お父さんの言葉が悲しいほどリアルだ。自分は次の日から早朝マラソンを始めた、という最後の3行に、未来に挑むような力強さが感じられる。後藤のはらさんの「細胞」は、自分について負の言葉を並べながら、細胞は60兆もあるのだから一つの言葉では表せないという、精神的な独立宣言でもある。中村瑠南さん「おかあさんがいっぱい」は、ユーモラスな表現を通して、どのくらいお母さんを好きかがよくわかる。
 そのほか菅原泰輝くん「よう虫があるく」、鈴木裕哉くん「会いたいお父さん」、菅野愛理さん「あれれえっ」、瀧上瑠孔さん「ふしぎな虫」などが印象に残った。中でも坂井敏法くん「じいちゃんのひみつ」は癌と老眼を聞き違えて心配する詩で、方言が効果的だ。受賞作に比べて遜色ないと思われるので奨励賞としたい。 

「まわりをよく見る小学生 VS 自分を見つめる中学生」/三浦 明博

 小中学生の部には、ここ数年変化の兆しがあるように思える。小学生の詩に広がりが出てきたことと、中学生が台頭してきたことで、今回も読みごたえのある作品が多く寄せられた。
 最優秀賞・佐藤真悠さん「看板」は、祖父母が生業としていた醤油店の看板だけが残っている情景を書いている。店があった場所を公園として残した、天国の祖父に思いをはせる心情がうまく描かれていた。優秀賞・小野寺紅葉さん「もちをしょった日」は、1歳の誕生日にもちをしょわせる風習をお姉ちゃんの目で書いていて、そのうきうき感がよく伝わっている。大原康介君「屋根にのぼって」は、おじいちゃんに誘われて屋根から栗駒山や川を眺めるという詩だが、以前住んでいた場所の鳥海山と比較するあたりは心が広々としてくる。
 特別賞・齋藤美桜さん「願い」は、重病をわずらう弟を書いているが、家族と共に希望への一歩を踏み出そうとするラストに胸が熱くなる。特別賞・後藤のはらさん「細胞」は、自分を漢字二文字で表現しようとする手法は面白いのだが、文字量が少なかったことが惜しまれる。特別賞・中村瑠南さん「お母さんがいっぱい」は、いろんな顔を持つ母親への観察眼が光っており、「好きな言葉は半額」には笑いました。奨励賞・坂井敏法君「じいちゃんのひみつ」は、じいちゃんがガンだと思い込んでいたら実は老眼の聞き間違いだったという詩だが、温もりのある新潟の方言が効果的だった。
 他に、田中来瑠美さん「何も変わらない日常の中」、小野寺隼太君「風の感情」、佐藤暖君「ラジオ体操」、鈴木裕哉君「会いたいお父さん」、小野寺裕斗君「男の料理」なども好きな詩だった。また以前の中学生受賞者が、一般の部の予備審査を通過していると知り嬉しく思った。