悲劇を共に生きる詩/石原 武

 「白鳥省吾賞」は第13回を迎え、人を愛し、言葉を愛する多くの人々から、人間愛を標榜する独自な詩賞として、熱い期待が寄せられているのは嬉しいことである。
 とくに今回は、東北を襲った残酷な悲劇に思いを寄せる作品が多く、それらは「言葉の同情」などとは次元を異にする深い詩精神に立つもので、いわば、「悲劇を共に生きる詩」であった。これもこよなく民衆を愛し、東北の郷土を愛した白鳥省吾の詩精神に通ずるものであろう。
 最優秀賞のくりすたきじさんの「朝の日記 2011夏」という詩は、まさに、「悲劇を共に生きる詩」の資質をもつ典型的な作品といえるだろう。津波で姿を消した子どもたちへの切実な人間の声、魂の声をこの詩は伝えている。
 優秀賞の根本昌幸さんの「雨」という詩は、衒いを脱した飄々とした詩の話法の中で、原爆の記憶の<黒い雨>を通して、現代の危機を鮮やかに語っている。
 優秀賞の高藤典子さんの「蘇芳」という詩は、問題児との学習を通して、人間の哀しみの蘂のように<蘇芳>を清冽に歌う。忘れ難い作品である。
 審査員奨励賞の平井拓哉君の「消失」という詩は、あの悲劇を断章的に表現して、詩的効果を鮮明にしている。言葉のセンスがいい。将来が期待される才能であろう。

大震災を主題にした作品が充実/原田 勇男

 今回から白鳥省吾賞一般の部の審査を担当することになった。飛び抜けた作品に出会うことはできなかったが、一次選考で残った三十六篇はいずれも優れた作品で甲乙がつけがたく、一部を除いて選考には苦労した。3・11を経験した後だけに、数は多くなかったが、大震災を主題にした作品が目立った。
 くりすたきじさんの「朝の日記 2011夏」は、自然の営みと津波で消えた子どもたちへの思いを素直に表現している。自然の営みは理解しながらも、なぜ自然が大震災を起こしたのかについては疑問が残る。その矛盾を突いた作品で最優秀賞に選ばれた。せめて「早くお家に帰してあげて/もし、あの子たちがまだ/夕日のしずむ海の波間で遊んでいるのなら」という切実な願いが心に響く。
 優秀賞の根本昌幸さんの「雨」は、淡々とした自在な作風で孫との会話を通して放射能汚染の恐怖を浮かび上がらせている。根本さんは福島第一原発(福島県大熊町)の北側に隣接する浪江町で暮していたが、原発事故の影響で今はさらに北方の相馬市に避難中である。さりげなく書いているが、原発被災者の辛い思いが静かに伝わってくる。
 高藤典子さんの「蘇芳」は、先生と問題児との交流を生き生きと表現している。男の子にとって蘇芳という花は母親の死と結びつく。その点をクローズアップした優秀賞にふさわしい作品だった。仙台向山高校三年の平井拓哉君の「消失」は親友を失った津波の悲劇を三章に分け凝縮した表現でまとめている。舌足らずな部分もあったが、将来性を評価して審査員奨励賞に推した。
 その他、トイレ掃除をしながら人生の謎に迫る水野ひかるさんの「絞る 謎」、津波で生き残った樹木と人間への賛歌を紡いだ大澤綾さんの「樹根」、津波の遺体がカルフォルニアで発見された稲垣和秋さんの「海を渡った私」、巧みな恋歌を奏でる殿岡秀秋さんの「風に明け渡す」なども印象に残った。 

震災への思いが伝わる詩/佐々木 洋一

 今回は、第一次選考で三十六編に絞り込み、それぞれの選考委員がさらに十編ほどを選び最終審査となりました。三人の意見が一致したものは二編で、結果としてこの二編は最優秀賞と優秀賞に決まりました。その作品と二人、一人推薦の中からこれはと思う十三編を選び検討しました。今回の作品では、震災をテーマにした作品に心を打たれるものが多く、これは審査する側の思いもまた、そうした震災を抜きにしては語れないものがあったせいだと思います。最優秀賞のくりすたきじ「朝の日記 2011夏」では、津波により戻らなかった子どもへの作者の率直な思いが伝わってきます。
 個人的には、大川小学校の失われた子どもたちの命のことを思い浮かべました。あの北上の闇に浮かぶ星空の美くしかったことも。優秀賞の根本昌幸「雨」は、福島原発の恐ろしさが体験を通して描かれた作品です。日常のなにげないやりとりにさえ入り込む恐怖が、さりげない表現の中に見事に凝縮されています。高藤典子「蘇芳」は障がい児と先生の間に流れる悲哀を、しっかりと包み込んだ愛情豊かな作品です。西陽のあたたかさが伝わってきます。奨励賞の高校生平井拓哉「消失」は、震災を断片的にとらえた作品ですが、現実の厳しさへの切り込みがもう一歩あればと思います。
 全体を通して、震災という背景があったせいか、ユーモアや活力のある作品が少なかったように思います。人々の日常の機微を詩った作品もあったのですが、震災という重さや厳しさの前にそれを超える作品がなかったように感じました。そんな中でも、母を取り上げた二編、中野真理子「母強し」は、母の思いを生き生きとしたタッチでとらえ、松田愛「蓮の花」は、母への思いが説得力のある表現で描かれています。どちらも心打たれた作品です。また、高校生の飯干真由「生きてほしい」村田友紀子「命の墓」の作品には若々しい感能力を感じました。是非、これからも書き続けて欲しいと思います。 

言葉が熟すまでの時間/佐佐木 邦子

 昨年の三月十一日は忘れられない日になった。大変な年だったにもかかわらず応募総数は例年を上回った。応募者の方々と、事務局の陰のご努力には頭が下がる。小中学生の部では、年々中学生の優れた詩が目立つようになった。今年は一次選考に残った半数が中学生。書きたいことと表現することの間でふらふらしながらも、一歩踏み込もうとしている。
 今回の震災がどんなふうに書かれるかが気になったが、題材にした詩は多くなかった。とくに、被害が酷かった地域からの作品には殆どない。大きすぎる出来事が消化されるまでには、まだまだ時間がかかるのだろう。
 最優秀賞は坂井敏法くん「こいのぼり」。作者は被災者ではなく、避難してきたおじさんたちが作った、うろこが人の手形であるこいのぼりを見ている。最後の四行、その手形が何かをつかもうと大空に飛び立っていく、というのがいい。優秀賞の小野寺日向くん「蝉よ鳴け」は、はっきりは書かれていないが、背後に放射能の不安が感じられる。やっと鳴きだした蝉の声が力強い。翁竜生くん「ハー」と「フー」は、息の吐き方の違いをユーモラスに書きながら、他の動物とは異なる人間の独自性にまで持っていった。
 特別賞の梁川和奏さん「笑っている」は、豊作に笑う祖父と、稲刈りの手伝いで足が笑うほど疲れきった孫の対比。足が笑うほど疲れても心の中は満足なのだろう。高橋昂大くん「夏休みの研究」は、手抜きしたら失敗した、という詩。堂々と言えるのがほほえましい。震災もそうだが、大事なことほど言葉が熟すまで時間がかかる。どうしてもなければならない時間だ。
 賞外ながら加藤佑理さんの「夕暮れの雑踏」は生と死を考えようとした良い詩だが、最後の二行がもの足りなかった。そのほか狩野颯斗くん「ぼくはこたつがめ」、後藤あかりさん「ああ、腹がたつ」、西原研登くん「牛の自立」、大橋水紅さん「孤独の星」などが印象的だった。 

「大震災の爪あと」/三浦 明博

 大変な出来事だっただけに、東日本大震災を題材にとった詩がたくさん寄せられるかと想像していた。上位に震災を間接的に書いたものが入っているが、全体的には少なく、子どもが文章にできるようになるにはまだ時間がかかるのかもしれないと感じた。
 最優秀賞・坂井敏法くん「こいのぼり」は、福島からの避難者のことを描いている。涙を流す大人の姿を見ながら、我がことのように感じている視線が温かい。優秀賞・小野寺日向くん「蝉よ鳴け」は、目に見えない放射線の恐怖を、なかなか鳴かない蝉に仮託して書いていて、最後の二行が力強い。優秀賞・翁竜生くん「ハー」と「フー」は、読み手に語りかける魔法の言葉で、読んだ大人は思わず笑みが浮かぶ詩だろう。
 特別賞・梁川和奏さん「笑っている」は、稲穂の音や重さを、上手く人の気持ちに重ねて描いている。特別賞・高橋昂大くん「夏休みの研究」は、やっつけで始めた自由研究が失敗に終わるという落ちで、くすりと笑わせてもらった。審査員奨励賞・加藤佑理さん「夕暮れの雑踏」は、実際に見たのか映像等で見たのか判然としないが、「生き抜きましょう」と呼びかける繰り返しに、底光りのする強さがあった。
 この他個人的に気になった詩を、以下に。狩野颯斗くん「こたつがめ」、佐藤陸くん「うめもぎ」、西原研登くん「牛の自立」、鈴木遥斗くん「勉強がすすまない理由」、高橋蕗さん「おばあちゃんの手」、大橋水紅さん「孤独の星」。尚、今回特に栗原市の受賞者が多かったが、けっして地元びいきの結果ではなく、同市からの応募数が多くそれに比例した結果であることをお断りしておきたい。