受賞作品を、原文のまま掲載します。
 本文に読みがなを〔 〕書きで添え、編集の都合上、すべて横書きにしています。
 ※ 敬称略

原文はこちら

ちいさなちいさな四角の中の、誰も知らない

海のこと、透明な日差しをはらんだカーテン

が、窓の外の気の狂いそうな青さと一緒に揺

れればそこはもれなく夏、少女は無人の教室

の、一番窓際の後ろの席で、たったひとりで

泣いています、左手首に貼られた絆創膏は彼

女がいかなる緑の陰影にも、レモンソーダの

水滴がひかりをはじいて描く虹にも、蒼穹に

も、熱にも、興味を示さないことを物語って

いるようだった、そればかりか机上の海は、

ぽつりぽつりと広がりを増して、一滴ごとに

彼女の心を蝕んで空っぽにしていくようで、

ああ、少女は、これからやってくる全ての責

任・謝罪・幾千ものとりかえしのつかない出

会いに、たったひとりで慄いているわ、彼女

はわたしの娘か母か、それとも私自身なのか、

わからないまま空はただ青さを増すばかり、

薄荷色の涙はとめどなく白い制服の襟を漏ら

して、少女は体内の水分を全て出し尽くして

しまうかのように声を枯らして海をつくって

いる、ああ、青春は、きっと針ひとさし分の

猛毒で、わたしたちの心を麻痺させ、成長の

痛みを喜びに変えていくのかもしれない、ち

いさなちいさな四角の中の、誰も知らない海

のこと、全てを見ていた黒板や上靴のことを、

ねえ、忘れないで、一瞬一瞬ごとに真実があ

ったあの日のことを、透明な涙の味を、いつ

かその海にかえる時まで、ずっとずっと、覚

えて、心に、どとめておいてほしいのです。