当時のまま残る坑道跡

写真:坑道跡

 江戸時代までの坑道は手掘りでしたが、明治以降、近代資本により海外から新技術が導入され、全山的な開発が進み採掘量が増加しました。
 1895年(明治28年)には、鉛の生産額が日本一になったこともあります。
 縦横に掘られた坑道は、1987年(昭和62年)の閉山時には総延長600キロメートルにも及んでいます。

 ※坑道の内部は見学できません