受賞作品を、原文のまま掲載します。
 本文に読みがなを〔 〕書きで添え、編集の都合上、すべて横書きにしています。
 ※ 敬称略

原文はこちら

 夏の休みに入った最初の日曜日、私はあな
たに初めて出会い、この橋を渡った。真空へ
繋がる高い空の下、あなたは太い蔦のように
荒れ地を這い回り、虫や草や動物を、領主に
なって養っている。季節の花は粒になり岸辺
に溢れて、あなたの若い放蕩を飾っていた。
 水の豊かなこの土地に、人は都会から溢れ
て砂を撒くように住み着いた。丘を崩し、沼
地を埋め立てると、パズルのように組まれた
土地に、白い瀟酒な家々が立ち並び、車や商
店が黄色や赤の騒動と歌声とをもたらした。
 子どもが笛を吹き、犬が老人を連れて自慢
げに歩く散歩道。あなたは惜しげもなく、伸
びた手足を切り離し、背中に明るい公園と野
球場を担ぐ(病はすでに在ったのだが)。
 私が親の家を離れ流れの傍らに住んだのは、
それから数年してのこと。宅地の排水と、工
場からの水の汚染で、窓も開けられず、疲弊
したあなたは、夜に星を抱くのも忘れていた。
 ある夏、大きな風が吹いたとき、あなたは
自分を解体し、崩れた体で街を蔽う。家を引
き抜き、人を連れ去るその際に、ごうごうと
言う濁流はあなたの泣き声でもあったろう。
 水に洗われ、壊れた夢に脅されて、あなた
を「暗渠」に変えろと言いだす者もいた。だ
が、街人の多くはあなたの笑顔を子どもに残
そうと願う。
 続く幾年かの工事ののち、あなたは骨を取
り換え、手足を継いで、調和と言う新しい姿
に再生する。下水と分けられ、柔らかな土で
堤を築かれるとようやく、桜の花を並べてあ
なたは少し微笑みを返した。
 この橋の上から、あなたを眺めて半世紀。
円く冷たい月の下、あなたは子どものように
眠っている。今夜は私が自分の半生を、ここ
であなたに話してみようか。明日からは遠い
海辺でしか、あなたの水面に出会えない。
 さようなら橋の上の一瞬、されど永遠。