人間愛の詩への共感と賛美/中村 不二夫  

 白鳥省吾の詩的精神は、日常生活の中に詩材を見出し、労働の精神がいかに高貴で尊重すべきかを表現することにある。本年度もその観点から選考にあたった。はじめに候補作を絞るため、まず各委員一人十篇で推薦し、原田勇男、佐々木洋一両委員との活発な議論を経て、さらに一人五票の推薦で第二回投票を行った。三名の推薦を受けた作品が二篇あった。この二篇から最優秀賞を決めていくことをせず、各委員がそれぞれ票を入れた作品について、その推薦理由を述べる選考方法を採った。

 その結果、最優秀賞を獲得したのは、昨年度優秀賞の草野理恵子さんの「澄んだ瞳」である。この詩はかつて筋ジストロフィー児の教師であった時代の経験を書いたものだが、草野さん自身も重度障碍児を持つ母親である。白鳥の唱える人間の生命価値に着眼する優れた作品で、とくに「価値なんて 人間が人間に下せるものではない」という言葉が印象深い。優秀賞の二篇も推薦委員二名の作品から選ばれた。千田基嗣さんの「船」は地元の人たちの声が一つの作品に凝視した作品で、船が陸に上るという未曾有の情景を力強く表現している。中村花木さんの「春太郎」は、普通であれば目をそむけてしまう祖父の終末期を、ユーモア溢れる作品に仕上げた力量が評価された。特別賞は隴哉さんの「キャンプの夜」で、本当のことを教えてくれるのは、教師や親ではなく、虫や魚という生物であったこと、いわば宇宙の摂理に出会った時の新鮮な驚きが伝わる作品。思春期から大人へ、生の実相を感受する心の動きが素直に書けている。全員一致で特別賞に決定した。

 他に昨年度優秀賞の花潜幸さんの「引き継がれる声を聴く」は、大震災後、疲弊しきった人々の感情の回復を描いたもので、すでに実力は最優秀作品候補。もりあい陽子さんの「静寂の中から前へと」は、ある意味草野さんと切り口は対照的であるが、他者へのさりげない思いが印象深かった。了池創さんの「桜の涙粒」は大震災の悲惨な現実を独自の視点で描いた秀作。さらに橋本しおんさんの「母達へ」の抜群の詩的センス、足立悦郎さんの「みそ」の人間のいじめの根幹に迫ったアレゴリー、六月朔日光さんの「『子はまた作れ』」の歴史的証言など、どれも優秀賞に推されてよい作品であった。

社会性と人間性の詩/原田 勇男

 総合的にみて傑出した作品はなかったが、この賞にふさわしく社会性と人間性にあふれた作品を選んだ。草野理恵子さんの「澄んだ瞳」は、新任の教師として接した筋ジストロフィーを患う三人の高校生徒の心の交流を表現している。三人は全員亡くなったが、生と死、人間の価値について考えさせられたヒューマンな作品である。

 千田基嗣さんの「船」は気仙沼市鹿折地区に打ち上げられた大型漁船の「第18供徳丸」を取り上げた作品で、震災遺構の象徴と向き合った力作である。漁船がもたらした豊かな海の幸を認めながら、海岸から600メートルも津波に流され、家や人々をなぎ倒して海の凶器と化した事実を直視し、陸地に居座る異物に対して、その複雑な思いを詩のかたちで表現した。千田さんの詩は船の解体以前の作品だが、詩の中に震災遺構として残った意義は大きいと思う。

 中村花木さんの「春太郎」は、中風で倒れ寝たきりで認知症を患う祖父との赤裸々な思い出を表現している。隴哉(おかや)さんの「キャンプの夜」は焚火に燃えて散った虫を美しいと思いながら、夕方に釣ったニジマスを塩焼きにして食べて「生」を実感する若者を描いた。

 花潜さんの「引き継がれる声を聞く」は、津波で亡くなった子どもたちの証言を幻聴として受け入れ、後の世に伝えることの大切さを表現している。散文詩のスタイルでうまくまとめているが、ややインパクトに乏しいように思った。了池さんの「桜の涙粒」は、母の遺体を埋葬する若者の姿を通して震災の悲劇を書いている。もりあい陽子さんの「静寂の中から前へと」、東谷秋子さんの「ゼロ」も印象に残った。

 協議の結果、最優秀賞に草野理恵子さん、優秀賞には千田基嗣さんと中村花木さんを選んだ。審査員奨励賞は高校生の隴哉君の将来性を買って推薦した。沖縄の五人の作品にも注目した。 

詩のある美しい市として/佐々木 洋一

 白鳥省吾賞も第15回目となりました。とても嬉しいことである。この賞を通じて、栗原市が全国的に詩のある豊かな市として認められ、さらに内実の伴った美しい市へと成長していければどんなに素晴らしいことだと思う。

 さて、今回は一般の部と小・中学生の部の両方を読みました。

 一般の部では、予備審査で四十九篇にしぼり、そこから3篇を選びましたが、いつもながら選ぶことの難しさを感じました。全般的な印象としてはずば抜けた作品といったものが少なくその結果各委員の意見が分かれていたように思いました。

 最優秀賞の草野理恵子「澄んだ瞳」は教師であった作品の目を通して、筋ジストロフィー症の子供の生きることや存在への問いがあり、とても考えさせられた作品である。優秀賞の千田基嗣「船」は震災で打ち上げられた船の残骸から、それによって支えられてきた命のありようやはかなさをしっかりと描き出している。中村花木(中村修一)「春太郎」は、家族の系譜を庶民目線で掬い取っており、老いた祖父との愛情豊かでユーモアのあるやり取りが嬉しい。賞の作品以上と評されながら最終的に外れてしまったもりあい陽子(刀根陽子)「静寂の中から前へと」と花潜幸(奥野正幸)「引き継がれる声を聴く」は、それぞれが独自な世界を展開していて印象的である。同じく青島洋子「あなたと踊ろう」吉田博子「そのままの姿を」はとても力のある書き手の作品である。また、橋本しおん(橋本詩音)「母たちへ」の若い感覚は魅力的であり、さらに書き続けて欲しい。

 小・中学生の部では、小学生の低学年と中学生の高学年の作品を同じ土俵で比べることは難しいと感じた。予備審査を通った二十二篇はどれもすばらしく、どれを選ぶかでとても迷った。

 最優秀賞の菅原蓮「父の図書カード」は図書カードを通じて生まれた作者と父の心のやり取りをていねいに描いている。優秀賞の菅原壮志「にわとりが家にやってきた」は、「コケッコー」とともににわとりとにわとりに接する作者の生き生きとした日常のようすが印象的である。若林路佳「愛について」はこの年代特有の気負いを持ちながら、しっかりと愛をとらえている。特別賞の金森悠夏「反抗期」も同じく反抗期の気持ちについて、内面をしっかりと見つめながら書いている。佐藤修平「風の色」は風を様々な色にたとえた面白さと、最後に風の色がじつは自分の心の色であることを発見したことがすばらしい。鈴木杜生子「私の家族」は、「です」のくり返しがとてもおもしろく、ユーモアの中にほのぼのとした家族愛を感じる。審査員奨励賞の菅原理史「繰り返す毎日」は毎日を適当に生きている自分への問い。詩はこのような自由な方向から書かれても良いと思う。

目立った中学生の躍進/三浦 明博

 受賞作のうち、半数を超える5篇が中学生の作品となったことが、今回の最大の変化だったと思う。中学生が残る率が上がってきたという昨年までの流れが、今年になって開花した感じである。けれど上位2篇はやはり小学生、小中学生を同じ土台で評価する困難さを味わった。 

 最優秀賞・菅原蓮君「父の図書カード」は、良くできた短編小説のような詩だ。偶然にも図書館で借りた本の貸し出しカードに、お父さんの名前を見つける。小学生の父を想像し「タイムスリップしてぼーっとした」という表現にとても共感できた。優秀賞・栗原壮志君「にわとりが家にやって来た」は、作中でくり返される「コケッコー」が楽しい呪文のようで、しばらく耳から離れなかった。ぜひ声にだして読んでほしい詩だ。優秀賞・若林路佳さん「愛について」は一転して、思春期から大人へ変わる女の子の繊細で巧みな比喩が胸に響いた。 

 特別賞・金森悠夏さん「反抗期」も、技巧的に高いものを感じたし、心のひだに分け入るような細やかな表現が見受けられる。特別賞・佐藤修平君「風の色」は、自然の四季を描いた他の応募作と違い、作者の折々の心境を上手に反映させていた。特別賞・鈴木杜生子さん「私の家族は」は、全篇一行ずつの短文というキレのいい構成と、どこかとぼけた味わいがいい。奨励賞・菅原理史君「繰り返す毎日」もやや変わりダネといえ、「授業中に仮眠をとり」などの人を食ったような表現が気に入った。 

 この他、苗村奈々愛さん「ぼろぼろのアゲハ」、小野寺日向さん「神様トンボ」、齋藤美桜さん「川の途中」、堀越莉緒さん「なぜ自分は生きているのか」、近藤悠人君「いねかり」、鈴木奏絵さん「美容師」、佐藤新君「小さな僕の大きな冒険」が印象に残った。小学生の皆さんの巻き返しを期待している。