受賞作品を、原文のまま掲載します。
 本文に読みがなを〔 〕書きで添え、編集の都合上、すべて横書きにしています。
※ 敬称略

原文はこちら

旅人の傘は  雨の遠景にゆらいで
私たちを何故か 不安にさせた
あの大きな地鳴りを聞いた夜
遠くからやってきた青色の傘
叩きつける雨が 舞上げた土埃には
あの恐ろしい核種が混じっていたというのに
私たちは胸いっぱいに 雨の匂いを幾度も吸
い込んで それでも私たちは
青い傘から差し出される 温かく濡れた掌を
待った
でも、いつまでも傘は近づいてこない
暗闇の奥に妖しく光りながら
見守るような 見届けるような
不穏な眼差しを傘越しに向けていた
人は人を信じるしかない
人に信じられた記憶で 人は真実を待つ
断たれた安全地帯に
音もなく核種が降るのを
青く濡れた傘は 遮ってくれるはずだった
旅人の傘に入って
私たちはどこまでも逃〔のが〕れていけるはずだった
傘の記憶は 私たちの細胞に かなしく刻ま
れる
私たちの六〇兆個の細胞は 分裂のたびに悲
鳴をあげて
寄る辺なく 死滅してゆく
雨が降るたびに 街は形を失っていった

私たちがあの日 傘だと思ったのは
青いカナリアだった
核種が降り積もる街の手前で
濡れながら啼き続けるカナリアだった
雨が上がって 夜が明けると
ぬかるんだ大地で
落鳥したカナリアを見つけた
青い汚点のような カナリアの周りには
水たまりが 偽物の青空を
いくつも映していた